選ばれない理由ばかり考えてしまう夜に、静かに始めた葉酸サプリ習慣|オーリムルナで体の内側を整える

夜の十時を少し過ぎたころ、コンビニのサラダパスタと、レジ横でつい手に取ったカフェラテを持って、片手でマンションのドアを開けた。
部屋は朝のままで、脱ぎっぱなしのカーディガンが椅子の背にかかっていて、洗っていないマグカップがシンクにひとつだけ残っている。静かなはずなのに、冷蔵庫の低い音だけがやけに耳につく夜だった。
アプリの通知は来ていたけれど、返したいほどでもなくて、でも無視できるほど強くもなくて、玄関で靴を脱いだまま少しだけ立ち尽くした。
こういう中途半端な時間が、私は昔からあまり得意じゃない。頑張って働いて、愛想よくして、感じのいい人でいることには慣れているのに、家に帰ってからの自分の扱い方だけ、いまだによくわからない。
その夜、スマホで何を見ていた流れだったか、葉酸サプリの【オーリムルナ】が出てきた。
妊活から授乳期まで飲める設計で、医薬品メーカーとの共同開発、葉酸400μg配合、乳酸菌やラクトフェリン、マルチビタミン11種にコエンザイムQ10まで入っているらしい、と書かれていた。
13種類の添加物不使用で、GMP認定工場で製造とあって、画面の情報だけ見ればかなりちゃんとしている感じがする。
実際、妊娠を考える女性や妊娠の可能性がある女性には、食事に加えてサプリメントなどから1日400μgの葉酸摂取が勧められているらしく、その数字だけは妙に現実味があった。
葉酸って、もっと先の人生の話だと思っていた時期があった。
二十代のころは、そういうものを意識する女性を見て、どこか遠くのちゃんとした大人みたいに感じていたし、私は私で、寝不足の肌荒れをコンシーラーで隠すほうが先だった。
でも三十歳になってからは、そういう“遠くの話”がじわじわ近づいてくる。急に結婚できるわけでもないし、今すぐ何かが決まるわけでもないのに、友達の出産報告や、産休に入る同僚の話を聞くたび、胸の奥で何かが小さく擦れる。嫉妬と呼ぶほど強くはないのに、祝福だけでは済まない、あのうまく説明できない感じ。
自分でも嫌になる。おめでとう、よかったね、と口ではちゃんと言えているのに、帰りの電車で窓に映った顔が少しだけ固い。そんな日はだいたい、駅のホームでスマホを見ながら、関係ない美容アカウントを次々開いてしまう。
垢抜け、若見え、幸福感のある暮らし。きれいに整った写真を見ているうちに、自分の生活だけが微妙にピントの合っていないものに思えてくる。
オーリムルナのページを見ていて、気になったのは派手な言葉より、むしろ“妊活から授乳期まで”と長めの時間を引き受けるような書き方だった。
葉酸サプリって、妊娠がわかった人が飲むものだと勝手に思っていたけれど、そうじゃなくて、その前のまだ何も決まっていない時期から視界に入ってくるものなんだな、と少しだけ居心地の悪い納得があった。
厚生労働省系の案内でも、受胎前後の葉酸摂取が神経管閉鎖障害のリスク低減に関わるとされていて、妊娠を計画している女性や可能性のある女性に、通常の食事とは別で400μg/日の摂取が望ましいとされているらしい。
知識としては真っ当なのに、それを知った夜の私は、素直に前向きにはなれなかった。
だって、妊活って、私にはまだ少し言葉が重い。
アプリで会った人のメッセージひとつで気分が揺れるような生活をしているのに、その先の栄養のことまで考えるのは、ちゃんとしているを通り越して、ちょっと背伸びにも見える。
けれど、そうやって“まだ早い”の箱に何でも入れてきた結果、私はずっと準備の外側にいる気もする。結婚も、仕事も、貯金も、美容も、全部そうだった。ちゃんとしたいと思うわりに、きっかけがないと動けなくて、動けない自分を見てまた少し落ち込む。
それに、葉酸サプリを探していること自体、誰にも見せたくない感じがある。婚活中なのに結果が出ていない女の、静かな焦りみたいで。ドラッグストアならまだしも、スマホの履歴に残るだけでも、少しだけいたたまれない。そんなふうに思ってしまう私は、たぶんかなり面倒くさい。自分でもそう思う。
それでも、オーリムルナみたいに葉酸だけではなく、乳酸菌やラクトフェリン、ビタミン類までまとめて入っていると、忙しい平日の夜には少しだけ救われる感じがある。
疲れて帰ってきて、野菜を切る気力もなく、Uberの袋を机に置いたままメイクだけ落としている日ほど、こういう“これひとつで”という言葉に弱い。
葉酸400μg配合という数字も、気休めだけではない根拠のように見えるし、無添加や国内GMP認定工場製造と聞くと、選ぶ理由がちゃんと手に触れる感じがする。
もちろん、サプリで全部どうにかなるわけじゃないし、体に合うかどうかは人それぞれだろうけど、食事も睡眠も恋愛も完璧じゃない生活の中で、少しだけ自分を責めずに済む余白としては、こういうものがあるのかもしれない。
そういえば前に、友達が「ちゃんとしてる人ほど、見えないところで雑だよね」と笑いながら言ったことがあった。
あの時は冗談っぽく笑ったけれど、帰ってから妙に残った。
私は外ではたしかにちゃんとして見える。言葉遣いも、服も、仕事の段取りも、それなりに整えている。けれど家に帰れば、お風呂に入る前に一時間スマホを見て、冷めたカフェラテをそのままにして、恋愛コラムを読みながら寝落ちしている。そんな生活なのに、自分の未来だけは、きれいな形で来てほしいと思っている。ずいぶん都合がいい。
でも、たぶん多くの夜はそういう都合のよさでできている。人には見せない弱さとか、小さな恥とか、言うほどでもない不安とか。葉酸サプリを検索した夜も、何かに前向きだったというより、置いていかれたくない気持ちのほうが近かった。
選ばれたい、でも焦ってると思われたくない。
整えたい、でも頑張りすぎるのももう少し疲れる。
そういう矛盾を抱えたまま、サプリのページを閉じたり開いたりしている時間が、妙に今の自分らしかった。
こういうのって、どこからが準備で、どこからが焦りなんだろう。
まだ何も決まっていないのに、先のためのものを選ぶ夜は、前向きなのか、不安なのか、自分でも少しわからない。
ただ、何も決まっていないからこそ、静かに手を伸ばしたくなるものもあるのかもしれない。
予定のない夜ほど、そういうことを考えてしまう。
帰り道に買ったカフェラテは、気づけばもうすっかりぬるくなっていた。
また、明日になれば少し違う気分で読み返すのかもしれない。





