ゴミ出しが憂うつな夜に選んだ炭酸水メーカーという選択|ペットボトル減らす一人暮らしキッチン習慣

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炭酸水を飲む女性
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ボトルの音が怖かった夜と、ソーダストリームの小さな救い

炭酸水を飲む女性

今夜の部屋は、いつもより静かだった。暖房の風の音と、冷蔵庫が「次に動くよ」と言いたげに小さく唸る音だけがして、窓の外は冬の終わりみたいな空気。カーテンのすき間から入る街灯の光が、テーブルの木目を薄く照らしていて、なんだか自分の生活の「輪郭」だけがくっきり見える感じがした。

そんな日に限って、私はミスをする。ゴミ出しの日を一日間違えていて、玄関にまとめておいたペットボトルの袋を、出せないまま部屋に戻した。袋の中でペットボトルがカラカラ鳴って、私の心臓がその音に合わせて一瞬だけ跳ねた。
……別に悪いことはしてないのに、こういうときだけ「生活の音を誰かに聞かれたくない」って思う。自意識が勝手に、薄暗い共用廊下で膨らむ。

今日の小さな出来事は、まさにそれだった。袋を持ってエレベーターに乗ろうとした瞬間、隣の部屋のドアが開いた。お互い軽く会釈して、私は「おはようございます」と言いながら、腕に抱えた袋をきゅっと持ち直した。ペットボトルがまた鳴った。
そのとき、心の中で浮かんだ、誰にも言ってない本音はこれ。

「私、生活がバレるのが怖い。飲み物の好みとか、買い物の量とか、そういうのまで。」

変だよね。だって、隣の人は私のことなんて興味ない。分かってる。分かってるのに、体は勝手に縮こまる。こういう“謎の気まずさ”って、ほんと面倒くさい。

そのあと出勤して、仕事で小さくやらかして、将来のことをぼんやり考えて、LINEの返信を後回しにして、帰宅して、やっと思い出したのが「飲み物、買ってない」だった。
そして私は、コンビニに行く元気がない夜の自分に、わりとよく負ける。今日はまさにその夜で、冷蔵庫の中にあるのは水と、ちょっと元気のない麦茶だけ。炭酸の“シュワ”が欲しくて、でも外に出るのがだるくて、なんかもう、人生って細かいところで消耗する。

ここで登場するのが、ソーダストリーム。
炭酸水メーカーって、正直「おしゃれ家電枠」だと思ってた。置く場所もいるし、こだわり強い人が使うやつ、みたいな。だけど私が導入した理由は全然おしゃれじゃなくて、もっと地味で切実で、ちょっと情けない。

「重い袋を、持ちたくない」
「カラカラ鳴る生活の証拠を、増やしたくない」
「夜にコンビニへ行く自分を、これ以上甘やかしたくない(でも行きたくない)」

そういう、生活の裏側の気分から始まった。

ソーダストリームは、冷たい水が入った専用ボトルを本体にセットして、ボタン(またはレバー)で炭酸ガスを注入する仕組み。ガスはCO2シリンダーで、機種によっては“クイックコネクト”で数秒で装着できるタイプもあるらしい。公式サポートでも、TERRA(テラ)だとクイックコネクトのシリンダーを使うこと、ボトルを付けたまま交換しないこと、背面カバーを外して手順通りに付けることが案内されている。


こういう「ちゃんと手順が決まってる感じ」が、私は意外と好き。感情はぐちゃぐちゃでも、機械は淡々としていて、そこに救われる日がある。

ひとり暮らしの「見られてる気がする」って、たぶん疲れてるだけ

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私の部屋は、きれいでも散らかってもいない、ふつうの一人暮らしの部屋。だけど、ふつうっていうのは案外あやふやで、仕事が忙しい週は「最低限」がどんどん下がる。
それでも外ではちゃんとしてる顔をするから、その反動みたいに、家の中の生活感が急に恥ずかしくなるときがある。袋の中のペットボトルの音とか、段ボールの山とか、玄関に置きっぱなしの宅配の箱とか。

わかる…って思う人、きっといる。
「他人は見てない」って分かってるのに、「見られたら嫌だ」って感じるやつ。自分の人生が透明じゃないことに、急にソワソワする。

ソーダストリームは、そういう“見られたくない生活の音”を、少しだけ減らしてくれた。
ペットボトルを買う頻度が下がると、ゴミ袋が軽くなる。軽くなると、階段や廊下で「カラカラ」鳴らさずに済む。たったそれだけなのに、私の肩の力も少し抜ける。

もちろんゼロにはならない。缶も買うし、たまにジュースも飲む。でも「いつも大量にある」状態じゃないことが、想像以上に心に効いた。

使い方の“地味なルール”が、逆に生活を整えてくれる

炭酸水メーカーって、自由に見えて、意外とルールがある。
たとえば、専用ボトルに関しては「食器洗い機対応」と明記されていない限り食洗機で洗わない、49℃を超える温度にさらさない、1℃以下にしない、車内放置や冷凍庫も避ける、変形や傷があるボトルは使わない——みたいな注意が、クイックスタートガイドにちゃんと書いてある。


それを読むと、「あ、私、適当に扱うと危ないんだ」って当たり前のことを思い出す。
同時に、「生活って、ほんとは全部こういう積み重ねなんだよな」とも思う。

水はボトルの水位線まで、できれば冷水がいい。冷たい方が炭酸が溶けやすい、ってユーザーガイドにもさらっと書かれている。


私はここで、地味に反省する。
帰宅してすぐ炭酸を作りたいのに、水を冷やしてない自分。そういうズレが、日々の「ちょっと足りない」を作っているのかもしれない。

でも、反省して終わりじゃなくて。
水を冷やす、ボトルを洗う、シリンダーの残量を気にする。
その小さな手間が、「自分の生活を自分で面倒みてる感」をくれる。誰にも褒められないけど、たしかに私の手で回ってる。そこが、少しだけ嬉しい。

“交換”ができるって、ちょっと安心する

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ソーダストリームって、ガスシリンダーを使い切ったら終わりじゃなくて、交換してまた使える。
販売店での交換について、公式サポートでは「60Lのガスシリンダーは取扱店舗ならどこでも交換購入が可能」と案内されていて、店頭交換の価格例も書かれている。


それから、不要になったガスシリンダーの返却方法も公式ページで案内されていて、送るときは高圧ガスだから「陸便」を指定する必要がある、という注意がある。


買って終わり、使って終わりだと、生活ってどんどん「捨てること」だけが増える気がするから。
交換とか返却とか、ちゃんと次につながるルートがあるだけで、気持ちが少し落ち着く。自分の選択が、未来にそのままゴミとして残らない感じがする。

……もちろん、これも結局は私の気分の話。環境の話を大きく語るつもりはなくて、私はただ、玄関の袋が軽いとホッとするタイプってだけ。


それに、買う前にちょっと悩んだ。「どの機種がいいの?」ってやつ。
家電の比較って、私にとってはだいたい“未来の自分への責任”を突きつけられる時間で、選びきれないときは決まって「もういいや」ってコンビニに逃げる。
でも今回は逃げたくなくて、公式のラインナップを眺めて、ぼーっと考えた。TERRA(テラ)やART(アート)みたいに、シリンダーを片手でセットできるクイックコネクト採用で、最長4年の製品保証付きって書かれているのを見ると、「長く使う前提でいいんだ」って少し安心した。
“長く使う前提”って、実は一人暮らしにはけっこう効く言葉で、私は将来の予定がふわふわしてるほど、逆にこういう確かな仕様に寄りかかりたくなる。

それでも迷う自分がいて、最後に背中を押したのは、すごく生活っぽい情報だった。
たとえば、ensō(エンソウ)のスターターキットのページには、炭酸ガスシリンダーの中身がCO2 410gで、圧力が12.4MPaって具体的に書いてあって、しかも25Lのガスシリンダーにも対応、とある。(ソーダストリーム sodastream)
こういう数字を見ると、急に“ちゃんとした道具”に見えてくる。私は理系でもないのに、数字に弱い。自分でも笑う。
でも同時に、曖昧な不安を抱える日々だからこそ、数値で語れるものに救われたいときがあるんだと思う。

そして今日。帰宅後に炭酸を作って、レモンを落として、グラスを持ってソファに沈んだ瞬間、ふと頭に浮かんだのは「明日の私は、廊下で音を立てずに済むかもしれない」という、ものすごく小さな希望だった。
仕事の成果とか、人間関係の正解とか、人生の方向性とか、そういう大きい話は何ひとつ解決してない。
でも、明日のゴミ袋が軽いかもしれない。明日の夜、コンビニへ行かなくていいかもしれない。
それだけで、今日の自分に「よくやった」を言う気にはなれないけど、少なくとも「詰んだ」って思わずに済む。

私が欲しかったのは、キラキラした習慣じゃなくて、崩れかけた日を“戻すための取っかかり”だったのかもしれない。
ソーダストリームは、その取っかかりを、炭酸の泡のかたちで置いてくれた。
泡って、触れたら消えるし、持ち帰れないし、目を離したらすぐ静かになる。
だからこそ、私の生活にはちょうどいい。


ここまで書いておいて、今日の私の“違和感”は、炭酸のことより、もっと別のところにあった。

隣人とすれ違ったとき、私は袋の音を隠した。
でも帰宅して、ソーダストリームで炭酸を作るときの「シュッ」という音は、むしろ気持ちよかった。
その差は何なんだろうって、炭酸の泡を見ながら思った。

たぶん私は、「自分で選んだ生活の音」は嫌いじゃない。
でも、「無意識に増えてしまった生活の音」は、恥ずかしい。
ペットボトルの山は、私が好きで作ったというより、疲れて判断力が落ちた結果の積み重ねだったから。
自分で選んだはずなのに、選んだ感覚がないものって、あとから急に“他人に見られたくないもの”になる。

ソーダストリームがくれたのは、炭酸水そのものというより、「私は今日、自分で決めた」という小さな手触りだった気がする。
コンビニに行かないことも、甘やかしじゃなくて選択。
ペットボトルを増やさないことも、我慢じゃなくて工夫。
そう思えた瞬間、胸の奥のザワザワが、少しだけ静かになった。

だから今夜は、炭酸のグラスを片手に、明日のゴミ出しのことをメモした。
メモするだけで偉い、って言いたいわけじゃない。偉くない。たぶん普通。
でも、普通が崩れる日があるから、普通を取り戻す作業は、私にとってはちゃんと意味がある。

ねえ、あなたの部屋にも、音を立てたくない何かってありますか。
それは「隠したいもの」じゃなくて、ただ疲れて増えてしまっただけかもしれない。
もしそうなら、明日ひとつだけ、音を減らすための小さな選択をしてみてもいいのかも。…炭酸の泡みたいに、すぐ消えるくらい小さくても。

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