寒波の朝、電車が来なくて予約をキャンセルした私が一日中引きずった小さな違和感

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冬服を着て外出する女性
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雪は降ってないのに外に出られなかった朝、予定を諦めた自分にモヤっとした理由

冬服を着て外出する女性

朝、窓の外がやけに白かった。まだ日の出前の青い時間で、ガラスに触れると指先がすぐ冷える。スマホの天気アプリを開いたら、見慣れた「強い寒気」と「大雪」の文字。

ニュースでも「今季最強クラスの寒波が週末にかけて居座る」「交通に影響が出るかもしれない」って流れていた。どうせ大げさなんでしょ、と一瞬思った。だけど今日は、どうしても外せない用事があった。美容院の予約。

年末から先延ばしにして、やっと取れた枠。髪がもさっとしていることが、最近の私の自己肯定感をじわじわ削っている気がしていたから。

コートの前をきつく閉めて、玄関でブーツを履く。いつもならここで「よし」って小さく気合いを入れるのに、今日はその「よし」が出てこなかった。

玄関の空気が、もう外の寒さとつながっていて、部屋の中なのに気持ちだけ先に縮こまってしまう。マフラーを巻き直しながら、「遅れたらどうしよう」と「遅れたら連絡しなきゃ」と「連絡するのが面倒」という三つが、同時に頭の中で並んだ。たぶんこの時点で、私はもう小さく負けていた。

駅までの道は、風が横から叩くみたいに強かった。頬が痛い、というより、頬が存在しなくなる感じ。コンビニの前で立ち止まって、いつも買うカフェラテを買うか迷って、結局買った。体を温めるためじゃなくて、気持ちを落ち着かせるため。こういうとき、私はよく飲み物に逃げる。手に持てる温かさがあると、心も「大丈夫」って錯覚するから。

寒波の朝、予約だけが浮いていた

冬服を着て外出する女性

ホームに着くと、掲示板に「運転見合わせ」「遅延」の文字がいくつも並んでいた。人がいつもより密で、でも誰もしゃべらない。みんな、スマホを見たり、足踏みしたり、肩をすくめたりして、静かに苛立っている。私はその空気に混ざるのが苦手で、目のやり場がなくなる。誰かと目が合ったら、なぜか責められている気がするから。責められてないのに。

ニュースでは、寒波の影響が25日ごろまで続く見込みだとか、日本海側を中心に大雪や猛吹雪のおそれがあるとか、長引く降雪で道路の立ち往生に厳重警戒だとか、同じ言葉が少しずつ形を変えて流れていた。今日20日(火)から強い寒波が襲来して、交通機関への影響予測も出ているらしい。

空の便も欠航が出ていて、JALとANAで合わせて89便が欠航、数千人に影響という話まで見かけた。秋田新幹線も盛岡—秋田の間で運転を見合わせていると知って、あ、これは「ちょっと寒い日」じゃないのかもしれないと思った。

そう思った瞬間、胸の奥がひゅっと冷えた。私の「美容院」なんて、世界の事情の前では軽すぎる。軽すぎるのに、私は必死になっている。軽い予定を、軽いって自分で言い切れない。髪を整えたいのは、見た目のためだけじゃなくて、生活を整えたい気持ちの代わりだったりするから。ちゃんとしてる人みたいに見えたら、ちゃんとしてる人に近づける気がしてしまう。たぶん、その発想がもう、しんどいのに。

電車はなかなか来なかった。来たとしても、途中で止まるかもしれない。駅員さんのアナウンスが、いつもより丁寧で、いつもより遠くに聞こえた。「お客さまにおかれましては…」の後ろに、見えない疲れがついてくる。私は、その疲れまで勝手に想像してしまう癖がある。想像して勝手に気を遣って、勝手に疲れる。誰も頼んでないのに。

そこで、私の中に変な二つが同時に立ち上がった。ひとつは「仕方ないよね」という免罪符。もうひとつは「それでも行くべき」という、謎の根性論。

どっちも私の声なのに、どっちも私じゃないみたいだった。ベンチに座って、カフェラテの紙カップを両手で包みながら、私はその二つの間を行ったり来たりした。遅刻の連絡をするのが怖い。キャンセル料が気になる。相手に迷惑をかけたくない。迷惑をかけたくない、というより「迷惑をかける自分」を認めたくない。

私はたぶん、「迷惑」そのものより「迷惑をかけた私」というラベルが怖い。ラベルが貼られると、それが剥がれない気がするから。今日の遅刻は今日で終わらず、私の性格の証明になってしまう気がする。そういう思い込みが、いつから私の中に住みついたのか。思い出そうとして、思い出せない。

でも、たぶん昔からあった。宿題を忘れた日、連絡帳を書き忘れた日、ほんの小さなミスで顔が熱くなって、心臓が喉に上がってくる感じ。あれに似ている。30歳になっても、私はあのころの体温の上がり方を引きずっている。

キャンセルの文面で止まる指

ここで、今日の「うまくいかなかったこと」が決定的になった。私は連絡を先延ばしにした。電車が動くかもしれない、と思って。動かなかったら仕方ない、と逃げ道を確保したくて。結局、動かなかった。

時間だけが、淡々と過ぎた。予約時間を過ぎたころ、私はようやくスマホを握りしめて、予約アプリを開いて、キャンセルボタンの前で固まった。指先が冷たい。冷たいのは外気のせいだけじゃない。自分が自分に対して不誠実なことをしている、その冷たさ。

「申し訳ありません、電車が遅延していて…」と打ち始めて、途中で消した。遅延しているのは事実だけど、遅延のせいにしている自分が透けて見えるのが嫌だった。

じゃあ正直に「怖くて判断できませんでした」って書ける?書けない。私は大人で、社会人で、ちゃんとしてるって顔をして生きてるから。ちゃんとしてるって顔をして、たぶん、ちゃんとしてない。

文章って、便利なのに残酷だ。言葉にした瞬間、曖昧だったものが「形」になってしまう。形になったら、もう取り消せない気がする。だから私は、メッセージを送る前に何回も推敲する。敬語の位置、句読点、絵文字の有無。たった数行なのに、まるで人生を決めるみたいに。たぶん、送信ボタンを押すことが怖いんじゃない。「押した後の私」を引き受けるのが怖い。

電話をかけるのはもっと嫌だった。声が震えそうだったから。たぶん相手は怒らない。規定通りの対応をして、淡々と次の予約を案内するだけ。分かってる。でも、怒られないことが逆に怖いときがある。

怒られたほうが「反省して終わり」にできるから。怒られないと、私の中に「反省の行き場」が残り続ける。残り続けるものって、だいたい自分のことを嫌いにさせる。

結局、私は予約時間から30分遅れたところで、キャンセルのメッセージを送った。送った瞬間、胸が軽くなるどころか、胃がきゅっと縮んだ。たぶん私は、交通の乱れより、自分の弱さにがっかりしていた。

寒波が来る、と分かっていたのに。ニュースも見ていたのに。準備だってできたはずなのに。私の「できたはず」は、いつも後から出てくる。

そのあと、相手からはすぐ返信が来た。「大丈夫ですよ。天候が落ち着いたらまたご連絡くださいね」。やさしい。予想通り。なのに私は、救われるより先に、申し訳なさが増えた。

やさしさは、時々、鏡みたいだ。相手がやさしいぶん、自分の小ささがくっきり映る。私はその鏡を直視できなくて、スマホの画面を裏返しにした。こういうところ、ほんとに子どもっぽい。

帰り道、雪はまだ降っていなかった。空は薄い灰色で、風が雲を押しているみたいだった。私は、駅前のドラッグストアに寄って、必要でもない入浴剤を買った。レモンの香り。寒い日は柑橘がいい、とどこかで聞いたから。こういう買い物の仕方も、たぶん逃げだ。今日の失敗を、いい匂いで包んで、棚の奥にしまいたい。そうやって、私は生活を続ける。

家に戻って、コートを脱いで、暖房のスイッチを入れる。部屋が温まるまでの数分が、妙に長い。ニュースをつけたら、「週末にかけて寒波が続く」「大雪で立ち往生に厳重警戒」と繰り返している。正しい情報。

必要な情報。なのに、私はその情報の端っこで、自分の小さな「行けなかった」を握りしめている。世界は大きい。私の悩みは小さい。でも、小さいからって、消えてくれない。

たぶん今日の違和感は、「仕方ない」をちゃんと使えなかったことだ。寒波も、遅延も、欠航も、運休も、私のせいじゃない。なのに私は、全部を自分の人格の問題に変換してしまう。遅れた=だらしない。迷った=優柔不断。連絡できなかった=不誠実。そうやって自分を裁くと、世界のことまで全部自分の責任みたいに感じる。でも逆に、自分を裁かないと、何を頼りに立っていいか分からなくなる。私の中には、まだ「自分に優しくする」ための筋肉がないのかもしれない。

夜になって、ベッドの上で髪を指に巻きながら、ふと思った。もし今日、最初の時点で「今日は難しそうです」と連絡できていたら、私は少しは自分を好きでいられただろうか。逆に、早く連絡したことで「やっぱり行けたのに」って後悔しただろうか。どっちに転んでも、私はきっと何かを後悔する。後悔しない選択肢を、私はいつも探しているけど、たぶんそんなものはない。

外の寒さは、しばらく続くらしい。明日も明後日も、きっとニュースは「警戒」を言い続ける。私はそのたびに、また何かの予定を迷って、また誰にも言わない感情を抱えるのかもしれない。でも、今日みたいな日があるから、私は自分の生活の形がまだ固まっていないことを知る。固まっていないって、悪いことばかりじゃない。たぶん、まだ変われる余地があるってことでもある。

それでも、今の私はまだ、あのキャンセルボタンの前で固まった自分を、完全には許せない。許せないまま、レモンの入浴剤を湯船に入れて、ぼんやりと香りを吸い込む。あたたかい。ほんの少しだけ、あたたかい。だけど、今日はまだ、結論にしないでおく。

そして明日の朝、もしまた同じように窓の外が白かったら。私はきっと、今日より少しだけ早く連絡できるのか、それともまた、同じところで固まるのか。分からない。その分からなさを、いまは「私らしさ」と呼んでいいのかも、まだ決められない。

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