寒波ニュースを見すぎた朝、コンビニのレジ前で急に不安になった理由とその後の気持ち

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ささやかな幸せを感じる女性
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雪の予報を何度も確認してしまう私が、情報を閉じることにした夜の話

ささやかな幸せを感じる女性

朝、カーテンの隙間から入ってくる光が、なんだか白っぽくて、部屋の空気だけが先に「今日の寒さ」を知っているみたいだった。エアコンのリモコンを手に取って、でもすぐには押さなくて、ベッドの上で膝を抱えたままスマホを開く——この一連の動き、冬の朝の“癖”になってる。

今日のヤフーニュース(天気・災害)には、寒波が長く居座って、日本海側は大雪が続き、東京都心でも夜に雪がちらつく可能性、って出ていた。今日21日夜〜明日22日にかけてが「1回目のピーク」らしい。読みながら、部屋の中なのに肩がすくんだ。
さらに目に入ったのが、高速道路の“予防的通行止め”の話で、北陸道、関越道、上信越道が、状況次第で止まる可能性があるって。理由に「1台の走行不能車両が大規模な滞留を起こす」って書かれていて、その具体さが、妙に胃に残った。

「備える」の顔をした、不安の食べすぎ

ささやかな幸せを感じる女性

朝の私は、ちゃんと“備えてる人”になりたかったんだと思う。寒波のニュースを見て、交通情報を確認して、買い物の計画を立てて、いつもより早く家を出る。そういうのを淡々とできる人って、生活が整ってる感じがするから。
でも、私が今日選んだのは、たぶん備えじゃなくて「情報の食べすぎ」だった。画面をスクロールして、心配の材料を自分から拾って、拾って、拾って、結果としてただ不安を太らせるやつ。

レジ前で、カゴの中身が急に恥ずかしくなった

出勤前、最寄りのコンビニに寄った。目的は、単純で、いつもの昼ごはんと、あったかい飲み物。なのに、レジ前でふと、カゴの中身を見て、変な恥ずかしさが込み上げた。
カップスープ、レンチンごはん、レトルト、チョコ、貼るカイロ、あと“念のため”のペットボトルの水。——災害備蓄ってほどじゃないのに、「雪かもしれない」を言い訳にして、少しだけ多めに買ってる自分が透けて見えた。

それだけなら、いつも通りの“冬の買い物”で終わるはずだった。
でも今日は、レジの列に並んでる間に、さっき見たニュースの文章が頭に戻ってきた。「命を守るため、外出は控えて」みたいな強い言葉。
私は別に、雪国に行く予定があるわけじゃない。高速道路を走るわけでもない。東京都心の片隅で、ただ通勤して、ただ買い物してるだけ。
それなのに、カゴの中の“念のため”が、急に「私だけ助かりたくて焦ってる人」みたいに見えてきて、妙に居心地が悪くなった。

誰にも言わなかった本音:不安があると、ちょっと“良い人”ぶりたくなる

言葉にすると自分でも嫌なんだけど、今日の本音はこれだった。
不安があると、私は“ちゃんとしてる人”のフリをして、安心したくなる。

「情報を確認してる私」
「備えてる私」
「遅れないように早めに動く私」

そういう肩書きを自分に貼ると、怖さが少し薄まる気がする。たぶん、心の中で“管理できてる感”を買ってる。
でも、その正体が「ただの不安の言い換え」だって気づくと、急に恥ずかしくなる。さっきのレジ前の恥ずかしさって、きっとそれだった。

ここで一つ、私の中のいじわるな声が出てくる。
「備えって、結局、自分のためじゃん」
「他の人が困ってるときに、私だけ温かい部屋でスープ飲む気?」
……そんなこと、誰も言ってないのに。勝手に自分を責めて、勝手に落ち込む。こういうところ、ほんと面倒くさい。

でもね、たぶんこれ、同世代の一人暮らし女性なら、わりとある。
“備える”と“怯える”の境目が、スマホ一つで曖昧になる瞬間、わかる…ってなる。
画面の向こうでは大雪で大変な人がいて、こちらではいつも通り出勤していて、その落差を見たときに、自分の平常がちょっと申し訳なく感じたり、逆に怖くなって備えたくなったりする。

ささやかな変化:ニュースを「最後まで」読まない練習をしてみた

会社に着いてからも、気になって何度かニュースを見た。寒波は長く居座る、ピークがある、雪が強まる地域がある、都心でも雪の可能性。
情報はありがたい。ちゃんと知っておいたほうがいい。
でも、今日の私は、途中で気づいた。私は今、必要な情報を取りに行ってるんじゃなくて、“不安が納得するまで”読み続けてる。

不安って、変な正義感がある。
「納得できるまで調べろ」って言ってくる。
「最悪を想定しろ」って言ってくる。
「見落としたらあなたのせい」って言ってくる。

それに従ってると、いつまでも終わらない。むしろ、どんどん想像が具体化して、心だけが先に凍っていく。

だから、今日は小さく決めた。
天気の話なら、「自分の生活圏に関係する部分」だけ確認したら、いったん閉じる。
交通の話なら、「自分が使う路線や予定」に関係するところだけ見たら、閉じる。
“最後まで”読まない。コメント欄まで降りない。関連リンクを踏まない。
すごく地味だけど、これ、私にとってはわりと勇気がいる行動だった。だって、情報を手放した瞬間に、不安が「ほらね?」って言ってきそうだから。

でも実際は、手放したら少しだけ楽になった。
安心した、というより、心が静かになった。
ああ、私が欲しかったのは“完全な予測”じゃなくて、“静けさ”だったんだなって思った。


夜、帰り道の空気は相変わらず冷たくて、マフラーの中で自分の息が少し湿って、駅のホームの端っこに立つと、遠くの街の明かりがいつもより硬く見えた。
雪が降るかもしれない。降らないかもしれない。たぶん明日も寒い。
その不確かな感じは変わらないのに、スマホを握りしめて不安を増やすより、温かい飲み物を買って、手のひらから先に落ち着かせるほうが、今夜の私には合っている気がした。

ねえ、もし今日のあなたが、ニュースを見てざわついたなら。
そのざわつきの“正体”って、寒さそのもの? それとも、情報の中で増えていった想像のほう?

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