食べたあとに落ち込まなくなった日から始まった、わたしの楽しいダイエット習慣

朝、カーテンの隙間から入ってくる光がやけに白くて、冬の空気って“きれい”というより“鋭い”んだなって思った。
ヒーターの前で靴下を履きながら、スマホの歩数アプリを開いて、昨日の数字を見て、そっと閉じた。えらいとか、えらくないとか、そういう判定を朝から受けたくなかった。
今日のテーマは「楽しくダイエット」。
でも、いきなり正直なことを言うと、私は“楽しく”って言葉にちょっとだけ身構える。楽しいはずなのに、できない自分が浮かび上がるから。
それでも今日は、少しだけ違う角度で過ごしてみた。
ルールを破りたい日がある
昼過ぎ、コンビニに寄った。
目的は、昼ごはん…ではなく、温かい飲み物と、なんとなく“ご褒美っぽいもの”。仕事の合間って、体じゃなくて心が空腹になることがある。
棚の前で手が止まったのは、カップのスープと、小さめのスイーツ。
「今日はスープだけにしよう」
「でも今日がんばってるし」
「いや、がんばってるからこそ…?」
脳内会議が始まって、私は一人で真顔になった。たぶん監視カメラに“迷う女”として記録されてる。
ここで、誰にも言わなかった本音。
“ダイエット中の選択って、たまに自分への尋問みたいで疲れる。”
甘いものが悪いんじゃなくて、選ぶたびに「意志」を試される感じが嫌だった。
そして、その嫌さを自分でちゃんと認めるのが、なんか悔しかった。
結局、私はスープとスイーツ、両方を買った。
ただし、レジに向かう途中で、もうひとつだけ買い足した。小さなメモ帳。
「食べたもの」を書くためじゃなくて、“今日、気分が上がった瞬間”を書くための。
これ、私にとってはちょっとした反抗だった。
数字じゃなくて、気分を記録してやる、みたいな。
“楽しい”の正体は、がんばらない工夫かもしれない
夜、帰宅して部屋の電気をつけた瞬間、散らかりかけた床が目に入った。
いつもなら見ないふりをするのに、今日はなぜか床に落ちてる服を拾って、洗濯カゴに入れた。たったそれだけ。
そのときふと、違和感があった。
「ダイエット」って言いながら、私は今日、体重のことをほとんど考えていない。
考えていたのは、“自分が今日、ちょっとマシな気分でいられるか”だけだった。
スイーツを食べた。ちゃんとおいしかった。
でも、罪悪感は思ったより来なかった。
代わりに来たのは、「私、いま“許した”んだな」って感覚。食べたことじゃなくて、“食べた自分”を。
たぶん私が今日気づいた小さな変化は、ここ。
楽しくダイエットって、運動を楽しくすることじゃなくて、“自分への扱いを雑にしないこと”なのかもしれない。
完璧にやるんじゃなくて、追い詰めない。
できた日だけをカウントしない。
ダメな日を“ゼロ”にしない。
そして、読者に向かって言いたい一文がある。
「がんばったのに結果が見えない日って、なんか自分が無駄になった気がするよね。」
わかる…って思った人、たぶん今日の仲間。
最後に、メモ帳を開いて一行だけ書いた。
「スープがあったかかった」
「帰り道のイルミがきれいだった」
「床を拾えた」
ダイエットの成果じゃない。
でも、私が私を見捨てなかった証拠みたいで、少しだけ安心した。
ねえ、もし今日あなたが“楽しく”なんて全然できなかったとしても。
それでも、あなたの一日はちゃんと進んでる。
今日は、どんな小さなことで自分をラクにしてあげた?





