ダイエット依存からの回復記録|甘え直し療法で心と食欲を整えた私のストーリー

体重計の数字が一日の気分を決めてしまう――そんな時期が私にもありました。
食べることが怖くなって、カロリー表とにらめっこしながら、心はどんどん痩せていく。
でも、ある日「甘え直し」という言葉に出会って、世界の見え方が少し変わりました。31歳の女性として、そして独りで頑張りがちな私として、自分の弱さをやさしく抱きしめ直すことは、想像以上に勇気のいる旅でした。
今日は、ダイエットが引き金になった私の摂食障害の経験を、当事者の視点からていねいにたどり、回復のプロセスと、極端な減量志向に潜む罠について、同世代のみなさんと一緒に考えていきたいと思います。
離脱せずに読んでいただけるよう、小さな工夫や、すぐに使えるヒントも散りばめました。
体重の数字に縛られた私が見失ったもの
「痩せたら全部うまくいく」――私がこの呪文を覚えたのは、在宅ワークに切り替わって運動量が落ちた頃でした。鏡に映る自分の輪郭が許せなくて、アプリでカロリーを計算し、体重計の針がわずかに下がるたびに安堵する。
けれど、数字が停滞した日は、心ごと真っ暗になりました。朝食を抜き、コーヒーだけで午前を耐え、夕方にフラフラになって「少しだけ」と手を伸ばしたお菓子が、気づけば袋ごと消えている。食べた罪悪感を洗い流すように、夜道を無理に走って、帰宅後はシャワーの下で涙が止まらない――そんな日々でした。
今振り返ると、私が見失っていたのは「私の価値」と「からだの声」です。体重が軽い=可愛い=愛される、という危うい連立方程式を、私はいつの間にか信じ込んでいました。
でも、仕事の達成感や友だちとの笑い声、眠る前の安心感まで、体重計は測れません。そして、からだは何度もSOSを出していました。手が冷えて、髪が抜けやすくなり、生理が遅れる。集中力が落ちて、言い間違いが増える。けれど私は、目の前の数字だけを見張る番人になっていたのです。
●あの頃の私が陥っていたサイクル
- 体重の停滞 → 焦りと自己否定が加速
- 食事制限の強化 → 反動でドカ食い
- 罪悪感と運動で相殺しようとする → からだがさらに疲弊
- 「明日こそ完璧にやる」の誓い → 失敗体験の上書き
このサイクルの中心には、いつも「孤独」がありました。誰にも迷惑をかけたくない、弱音を見せたくない、そんな“いい子”な私が、ますます私を追い詰めていったのです。そこで出会ったのが「甘え直し」。幼い頃に満たされなかった“助けられ方”を、安全な関係の中でもう一度学び直すという考え方でした。最初は正直、戸惑いました。「甘える」という言葉に、だらしなさや依存のイメージを持っていたからです。
でも、考えてみれば、私たちは誰かに抱っこされ、泣きながら気持ちを調整してもらい、やがて自分で落ち着く力を育ててきたはず。もしその過程のどこかで躓いた記憶があるなら、大人になってから取り戻してもいいのです。そう理解したとき、私の中の固い結び目が、少しだけほどけました。
極端な減量志向は、自己管理ではなく自己攻撃になりやすいです。がんばるほど視野が狭くなり、「食べた・食べない」「増えた・減った」でしか自分を評価できなくなる。そこから抜け出す鍵は、“規律を強めること”ではなく、“関係を温めること”でした。数字ではなく、息づかいと表情を見てくれる人のそばで、私はようやく自分の声を聞き直せたのです。
ここで、読んでくれているあなたに問いかけたいです。
最近、自分の価値を体重やサイズで判断していませんか?疲れているのに「大丈夫」と言い続けていませんか?スマホのアプリより、あなたの心臓の鼓動のほうが本当のデータかもしれません。画面を閉じる前に、胸に手を当てて深呼吸を一度だけ。一緒に、からだの声を取り戻す準備をはじめましょう。
ある夜、友だちが「一緒におでん食べない?」と誘ってくれました。私は怖くて断ろうとしましたが、思い切って行ってみたのです。湯気の向こうで笑う顔、はんぺんのふわふわ、だしの香り。帰り道、体重計は触らずに寝ました。翌朝、鏡に映った私は、ほんの少しだけ優しい顔をしていました。これが、私の小さな第一歩でした。
この小さな一歩を重ねるうちに、私は「満たされると選べる」という感覚を覚えました。お腹だけでなく、心があたたかいとき、人は過度な完璧主義から離れやすくなります。そして、のちに始めた甘え直しの実践が、その感覚を土台から支えてくれたのです。
“甘え直し”ってなに?私が受け入れた新しい助け方

甘え直しは、未消化の「助けて」と「助けられる」を、安心できる関係の中でやり直す試みです。私の場合は、信頼できる心理職の先生と、親友二人、そして自分自身の三つ巴で進めました。
最初の課題は、「弱さを言葉にして相手に見せる」こと。これが想像以上に難しかったのです。私は長年、“わかってる自分”でいたくて、何もかも自力で解決したいタイプでした。だからこそ、正直に「怖い」「助けて」「ひとりだと無理」を伝えることが、心の筋トレになりました。
●私が実際に取り組んだミニ課題
- 週に一度、食事の前に先生へメッセージで気持ちを共有する
- 親友と“食べる約束”を作り、写真ではなく感想を送り合う
- 一日一回、「今日はがんばらないでお願いする」を実践(家事の小さな頼みごとなど)
この実践のキモは、“成果”ではなく“つながり”に焦点を当てることでした。体重がどう動いたか、摂取カロリーは何kcalか、そういう数値は散らばる情報のひとつに過ぎません。
それよりも、食べる前に誰かの声を聞く、食べたあとに「おいしかった」と感情を共有する――この小さな絆の積み重ねが、私の過剰な警戒心をゆっくり緩めてくれました。
ここで簡単な早見表を置きます。私が使ってきた“甘え直しの三つの柱”です。
| 柱 | 具体例 | 私が感じた変化 |
|---|---|---|
| 安全 | 責めない相手とだけ練習 | 失敗の後も関係が切れない安心感 |
| 共感 | 事実より気持ちから話す | 食べすぎ・食べなさの裏にある感情に気づける |
| 反復 | 小さく何度もやり直す | 一度の失敗で全否定しなくなる |
甘え直しは、依存を助長するどころか“自律を支える基礎工事”です。建物で言えば、土台のコンクリート。見えないけれど、揺れにくくする大事な部分です。
私が自分で自分をいたわるセルフケア(温かいスープ、早めの就寝、散歩など)を選べるようになったのは、誰かに気持ちを受け止めてもらった“あと”でした。順番が逆だったのです。
ある日のセッションで、先生に「今日は怖さレベル何/10?」と聞かれました。私は「8」と答えたあと、ふいに泣けてきました。数値で言えた瞬間、身体感覚が少し言葉に近づいたからです。その日の夜、親友に「怖いけど一緒におにぎり食べたい」とメッセージを送りました。返事は「いいよ、梅と鮭どっちにする?」。このやりとりが、私の“許可”になりました。食べたあとの満足感は、栄養だけでなく、つながりの味も混ざっていたのだと思います。
あなたにも試してほしい小さなステップがあります。
- 今日の気分を天気の絵文字で送ってみる(☀️/⛅/☔)
- 食べる前に、ひとつだけ望みを言葉にする(例:あたたかいものがいい)
- 食べ終わったら、味ではなく“気持ち”を一文だけメモする
おにぎりを食べた帰り道、私は自販機であたたかいお茶を買いました。缶を握る手のひらがぽかぽかして、胸のあたりがふっと軽くなる。そのまま私は、体重計のある方向ではなく、駅のほうへ歩いていきました。“助けられても大丈夫”という新しい選択肢が、私の足を自然に前へ進ませてくれたのです。
もうひとつ大切な点を。甘え直しは、相手選びがすべてです。アドバイスを急いだり、結果を迫ったりする相手とは距離を置きました。
代わりに、「今はしんどいね」と言ってくれる人を選ぶ。この“選び直す勇気”も、回復の一部でした。関係が優しくなると、食べ方も優しくなる――そんな相関関係を、私は自分の生活で何度も確かめました。
ダイエット起因の病理をほどく:食べる・感じる・頼るの再学習
摂食障害がダイエットをきっかけに芽生えるとき、問題は食べ物そのものではなく、「感じる」「頼る」の回路が痩せ細っていることだと私は学びました。
私は空腹を“快”として感じにくくなり、満腹を“失敗”と見なすクセがついていました。そこへ完全主義と孤独が重なって、病理は静かに深く根を張っていきました。
甘え直しの実践と並走して、私は三つのリハビリを始めました。
- 食べるリハビリ:1日3回、温かい主食を中心に“同じ時間に”食べる
- 感じるリハビリ:食前と食後に、からだの感覚を10秒スキャンして言語化
- 頼るリハビリ:不安が5/10を超えたら“人に知らせる”を優先
ここで、私が使ってきた“サインと対応”の早見表を載せておきます。
| サイン | 私のからだの声 | その場の対応 |
|---|---|---|
| 手先の冷え | エネルギー不足かも | 温かい飲み物+主食を一口 |
| まぶたが重い | 睡眠/糖の不足 | 閉眼1分+甘い果物を少量 |
| 数字への固執 | 不安の高まり | 連絡表(先生/友だち)にSOS |
| 食後の罪悪感 | ルールの発動 | 気持ちメモを3行書く |
ダイエットの“善悪”ではなく“相性”で考える視点が役立ちました。短期集中の制限食は、私には相性が悪かった。一方、時間と温度を整える方法(同じ時間に温かいものを食べる)は相性が良かった。
どちらが正しいかではなく、どちらが“落ち着けるか”。この観点は、回復の実践を現実的にしてくれます。
ある日の昼、私は“予定外のラーメン”に誘われました。以前の私なら断っていたはずですが、この日は“頼るリハビリ”の番だと思って、先生に「不安レベル6/10、でも行ってみたい」と送信。返事は「スープの温度に集中して」。私は湯気と麺の重さに意識を向け、ゆっくり食べました。食後、罪悪感の波が来ましたが、3行メモを実行。『温度がうれしかった』『からだがあたたかい』『不安はまだあるけど耐えられる』。このメモが“失敗”の印象を書き換え、経験を学びに変えてくれました。
あなたへのミニ問いかけです。
- 食べる前、からだのどこが一番冷えて(または強張って)いますか?
- 誰に、どんな言葉で、不安を知らせられそうですか?
- 今日できそうな“一口目”はなんですか?(おかゆ、バナナ、スープなど)
さらに踏み込みます。病理が強い時期は、目的が“痩せる”しか見えなくなります。でも本当の目的は、たぶん“安心して生きる”こと。
痩せることは、その手段のひとつに過ぎません。目的と手段を入れ替えないために、私はノートにこう書きました。『安心がゴール。痩せるは選択肢。』ノートを何度も開くうち、私は“選ぶ私”を少しずつ取り戻しました。
最後に、もうひとつのエピソード。夜中にむくっと不安が湧いた日、私は冷蔵庫の前で固まりました。そこでスマホを開き、連絡表に『今、怖い。温かいお茶を飲んで寝てみるね』と書き込み。
湯気の香りを吸い込んで布団に戻ると、朝には不安の濃度がほんの少し薄まっていました。“食べないで頑張る”より、“頼って休む”ほうが、次の日の私をちゃんと助けてくれたのです。
ここで私がやめて良かったこと、続けて良かったことをシェアします。
- 【やめて良かった】カロリー収支の厳密計算アプリの常時起動
- 【やめて良かった】空腹をごまかすカフェイン連打
- 【続けて良かった】同じ時間に主食をとる“時計のリズム”
- 【続けて良かった】気持ちの3行メモと、翌日の自分へのお手紙
こうした小さな選択の積み重ねが、病理の根っこに新しい土を足してくれました。私は“完璧な食べ方”ではなく“戻って来られる食べ方”を、いまも練習しています。

リラプス(再燃)と仲直り:失敗を味方にする練習帳
回復の道は直線ではありません。私も何度もつまずきました。予定外に食べすぎた夜、体重が増えた朝、SNSで“完璧な腹筋”を見てしまった日。
そんなときこそ、甘え直しの真価が試されます。私は“失敗の翌日の儀式”を作りました。
それは、責める前に“関係に戻る”こと。先生や親友に一言だけでも連絡を入れ、その後に、からだへ温かいものを入れる。行動の順番を入れ替えるだけで、連鎖は変わりました。
●失敗の翌日の儀式(私のメモ)
- 朝:湯気の出る飲み物+やわらかい主食(おかゆなど)
- 昼:散歩10分、日差しを浴びる、SNSは一時停止
- 夜:罪悪感メモを3行、明日の“一口目”を決めて就寝
再燃の予防は“管理の強化”だけでは足りません。必要なのは“揺れても戻れる地図”。私の場合、その地図は人と人の間に置かれていました。たとえば、親友と交わす合言葉。「今日はあたたかい?」――この一言で、私は自分の感覚に帰ってこられます。地図があると、道に迷っても“ここに帰ればいい”とわかる。だからパニックが小さくなります。
体験エピソードを。ある週末、私はひとりで過ごすはずが、ふと孤独に飲み込まれました。冷凍庫のアイスに手が伸び、止まらなくなり、涙が出ました。そのとき私は、冷蔵庫の扉に貼った“連絡表”を見て、震える手で親友にメッセージを送りました。『いま、ひとりで苦しい。電話してもいい?』。
数分後、彼女は「もちろん」と応えてくれて、私は声を聞きながら温かいスープを作りました。電話が終わるころ、私は自分の頬が緩んでいるのに気づきました。食べすぎはなかったことにならないけれど、私は“戻ってきた”。この“戻る感覚”こそが回復の芯だと実感した瞬間でした。
ここで、あなたへ問いかけたいです。
- 再燃の前ぶれとして、あなたに特有のサインはありますか?(例:鏡の前に立つ時間が増える)
- 誰に、合言葉をお願いできますか?
- 翌日の“一口目”を、今ここで決めるとしたら何にしますか?
再燃と仲直りを助けたのは、“恥の扱い方”でした。私は恥を一人で抱えると、ルールで自分を縛ってしまいます。けれど、恥を言葉にして誰かに渡すと、恥は“共有できる悲しみ”に変わります。これは魔法ではありませんが、確かな技術です。呼吸を整え、短く状況を伝え、相手の言葉を受け取る。この3つの動作を反復するうち、私は自分に対する暴力的な内なる声を、少しずつ弱められるようになりました。
そして、忘れがちな視点をひとつ。“楽しさの筋力”です。病理の渦中では、楽しむ力が衰えます。私のリハビリは、楽しさをわざとスケジュールに入れることから始まりました。
- 金曜の夜はドラマをリアタイ、感想を友だちにボイスメモ
- 日曜はベランダで朝ごはん、コップはお気に入りのもの
- 月一で新しいスープを開拓、写真は撮らないで味に集中
“楽しさの筋力”が戻ると、衝動の波に対する抵抗力が上がります。私は完璧な回復を目指すのではなく、“戻れる強さ”を育てる道を選びました。それは、甘え直しが教えてくれた、とてもやさしい強さの形でした。
再燃しやすいシチュエーションも、あらかじめリスト化しました。
- 睡眠不足の週、残業が続くとき
- 気温の急な変化、月経前
- 服のサイズに関するコメントを受けた日
- SNSでダイエット情報を連続して見たあと
もう一つ印象的なエピソードを。出張の夜、ホテルの部屋に戻ると、ふいに寂しさが押し寄せました。私はミニバーの前に立ち尽くし、そのままベッドに倒れ込みました。数分後、先生からの『今日もよくがんばったね』という定期メッセージ。私は短く『寂しい。温かい麺を食べて寝ます』と返信し、近くの食堂へ。湯気に包まれて帰ってくると、部屋の匂いまでやさしく変わった気がしました。“人とのつながり→温かい食事→睡眠”という順番が守られるだけで、翌朝の私の顔色は見違えました。失敗の翌日も、ふつうの翌日も、この順番は私を守ってくれています。
からだと人生のリサイズ:軽さよりも、私らしさへ
回復が進むにつれて、私の関心は“軽さ”から“暮らしやすさ”へと移っていきました。体重の数値は、私の物語の主人公ではなくなりました。主人公は、朝の空気や、友だちの笑い声や、湯気の立つ器。私は“痩せるために生きる”のではなく、“生きるために整える”ほうへ、舵を切り直しました。
この章では、私が入れ替えた“価値の指標”をシェアします。
| 以前の指標 | 今の指標 | 小さな確認方法 |
|---|---|---|
| 体重の増減 | 睡眠の深さ | 朝、目の奥が痛くないか |
| 摂取カロリー | 食後の落ち着き | 10分後の呼吸のスムーズさ |
| 見た目の細さ | 会話のあたたかさ | 1日1回、笑えたか |
| 完璧な記録 | 戻れるルーティン | 連絡表→温かい食事→睡眠が回ったか |
価値の指標を変えるには“日常の儀式”を持つのが近道です。私は次の三つを軸にしました。
- 朝の一杯の白湯で“体内のスイッチ”を入れる
- 昼に太陽の下で3分だけ目を閉じる
- 夜には“今日のありがとう”を1つ書く(人でも物でもOK)
ある日、仕事でミスをして落ち込んでいました。昔の私なら、“もっと痩せなくちゃ”と身体に当たっていたと思います。けれど私は、合言葉のメッセージを送り、夜は具だくさんのスープを作りました。やさしい味が喉を通り抜けるたび、私は“責めるモード”から“整えるモード”に切り替わっていきました。翌朝、失敗は消えないけれど、対応できる私がそこにいました。この“対応できる感覚”は、私にとってダイエットの成功より大きなギフトでした。
ここまで読んでくださったあなたに、実践しやすい提案をいくつか。
- 体重計は“週2回のメンテナンス道具”に格下げ(毎日ではなく)
- 食事の写真より“気持ちのメモ”を優先
- “戻れるルーティン”を紙に書き、冷蔵庫に貼る
また、仕事や人間関係の中で“優しく断る力”も、私の体調を守ってくれました。「今は余裕がないから、また今度にさせてね」と言えると、不思議と私の食欲も乱れにくくなるのです。頼ること、断ること、休むこと――どれも“甘え直し”の延長線。私は、責任感とやさしさのバランスを、毎日の選択で調律しています。
ここで、生活設計の視点からの小さな表をもう一つ。
| シーン | 以前の私の反応 | 今の私の選択 |
|---|---|---|
| 残業で遅くなる夜 | 夕食スキップ→深夜のドカ食い | コンビニで温かいスープ+おにぎりを確保 |
| 休日に予定がない | 食べないでやり過ごす | 連絡表に「誰かとお茶」の予定を入れる |
| 体重が増えた朝 | 過剰運動で償う | 連絡→温かい主食→散歩の順に戻す |
| 心がざわつく | ルールを強化 | 息を深く→気持ちの3行メモ |
昔から好きだったけれど避けていた“プリン”を、私は回復の途中で解禁しました。日曜の午後、友だちと喫茶店でプリンを半分こ。銀のスプーンにのった琥珀色のカラメルが、口の中でほろ苦くほどけて、私は笑いました。帰り道、体重計にのらなくても、“今日の私はだいじょうぶ”と自然に思えたのです。体が重くなるのではなく、生活があたたかくなる。この方向転換こそ、私の“リサイズ”でした。
最後に、これからの私の合言葉を共有します。
- 軽さより、あたたかさ
- 完璧より、戻れる力
- 我慢より、つながり
これらは華やかなスローガンではなく、台所や寝室で毎日そっと唱える呪文です。私は今日も、やさしい湯気と人の声を道しるべに、私らしい生活を選び直していきます。
おわりに:あなたの“ただいま”が聞きたいから

摂食障害の回復は、勇敢さとやさしさの同居を学ぶ旅でした。私は“痩せる私”ではなく“戻れる私”を育てたい。甘え直しは、私にその道を示してくれました。数字の上下に一喜一憂する毎日から、湯気と会話に守られる毎日へ。
もし今、あなたが孤独の中にいて、体重計に未来を握られているように感じるなら、どうか一度だけ、誰かに「いま、怖い」と言ってみてください。声にすることは、もう回復の一部です。
小さな感動のエピソードを最後に。ある雨の日、私は傘を忘れてずぶ濡れで帰宅しました。その夜、私は体重計にのらず、温かいスープを作り、親友に電話をしました。「今日はしょんぼりだったけど、スープがおいしい」。彼女が笑って、「それ、最高のニュースだね」。
私はその言葉をお守りにして、ふと気づけば静かに涙が出ていました。悲しい涙ではなく、守られていると感じた涙。こういう涙が流れる日が増えたら、きっと回復は、もうあなたの中で始まっています。
このブログが、あなたの“ただいま”に寄り添う地図になりますように。必要なときは専門家や信頼できる人に相談してください。ひとりで抱え込まなくていいのです。そして、よかったら教えてください。あなたの“今日の一口目”は何でしたか?コメント欄で、小さな勝利を一緒に祝えたら、とてもうれしいです。




